渡辺満里奈『Mood Moonish』(ASIN:B000064PZT)

Mood Moonish

 アイドルグループの一員としてデビューしたシンガーが徐々にアーティストとしての個性を身につけていく、理想的な成長の過程を楽しめる作品。
 いわゆる“チャート・ミュージック”から撤退した後、一歌手として何が出来るか。そして何をすべきか。渡辺満里奈が出した答えは「奇を衒わず真摯に音楽と向き合うこと」だったように思います。実際この作品はアルバム全体がメランコリックなムードに包まれたかなり地味な仕上がりになっており、一定のセールスを課せられる立場ならリリースは難しかったでしょう。満里奈のヴォーカルはお世辞にも上手いとは言えないものの、一音一音丁寧に取り組んでいて好印象。楽曲の出来も上々で、特にM4『退屈と揺り椅子』(作曲:遠藤京子)からM7『晴れた日に』(作曲:山口美央子)へと至る流れは、20歳前後の女性の内宇宙がふんわりと軟らかい感触で表現されていて何とも魅力的です。全11曲中9曲に関わる作詞家・工藤順子も貢献度大。
 この後満里奈はオムニバスアルバム『エキゾチカ慕情』におけるピアニカ前田+キオト(from QUJILA)とのコラボレーション(作詞は岡崎京子!)、マキシシングル『Birthday Boy』(プロデュースは小沢健二!)、オムニバスアルバム『はっぴいえんどに捧ぐ』収録の『空いろのくれよん』(プロデュースは川辺浩志!)、ミニアルバム『Ring-a-Bell』(プロデュースは大瀧詠一!!)と順調にキャリアを重ねていくわけですが、惜しむらくはその時お付き合いしている男性によって音楽性がコロコロ変わる(のか、彼女自身の音楽性の変化に基づいてお相手の男性が変わるのか定かではありませんが)主体性の無さ。結局のところアーティストとしての明確な個性は見出せぬまま97年からリリースが途絶えてしまっています。
 しかし絶望することはありません。今のところ最後のリリースとなっている鈴木蘭々とのデュエットシングル『太陽とハナウタ』にこそ、長年探し求めてきた“シンガー・渡辺満里奈”のアイデンティティーの萌芽を感じるからです。つまりは経験を積んだ、大人の女性の歌声。30代を迎えた今、渡辺満里奈が次にどのような歌を聴かせてくれるのか楽しみにしています。